ぷろじぇくと of うつくしま

うつくしま福島復幸プロジェクト
~すべてのいのちが全うする未来へ~

縁から縁へとつながって、福島に暮らす仲間たちの想いに出会いました。
2011.3.11.あの日から
地震に加え、目には見えない放射能で一変した、くらしやしごと。
そんな中でも、大いなる自然に感謝し、自然とともに生きたい。
そして、自分に正直に、自分らしく生きていきたい。
そう願う仲間の声を聞いたとき、
福島の未来はわたしたちの未来であることに気づきました。

「うつくしま福島復幸プロジェクト」では、
現在、微生物の力を借りての土壌浄化実験をはじめています。
少しでも可能性があることを実験し、確かめながら、新たなつながりをつくり、
そのつながりが未来に向かうことを願っています。

誰も経験したことのないこの状況の中、
「正解」がどこにあるのかはわたしたちにもわかりません。
今の実験も上手くいくかどうかはわかりません。
模索しながら方法を変えることもあるかもしれません。
それでも模索を続けることが未来につながっていくと信じて。
福島とここ、今と未来、つながるいのちの巡りの中で。

そんな取り組みに力を貸していただけませんか?


プロジェクトイメージ.jpg

●取り組み事例
1.微生物の力を活かした土壌浄化実験への取り組み(実施支援)
  ・福島県郡山市 けるぷ農場にて、微生物、竹、炭などを様々に組み合わせ、それぞ
れどのくらいの効果があるのか、また、どの組み合わせが最も効果的なのかの実験
を行っています。飯舘村で活動中です。
◆土壌への微生物等投入→放射能測定→データ蓄積→分析→次のアクションへ

2.子どもを守る活動への協力(後方支援)
  ・「子どもたちを放射能から守る福島ネットワーク」、「こども福島情報センター/市民
放射能測定所」等の現地活動を、名古屋から後方支援しています。
◆資機材の提供、専門家のコーディネート、資金調達のサポート、ほか諸々

3.コミュニティ再生への取り組み
  ・現地に継続的に足を運びながら、まずは様々な方と出会い、話をすることでどのよ
うな必要性・可能性があるのかを探っています。

●ご協力のお願い

この取り組みは、「未科学」の分野を多く含み、実験的な要素も高く、確実な成果を求められる助成金・補助金等の交付対象とはなりづらいものです。
それぞれのメンバーの手弁当で賄っていますが、現地との取り組みを重ねる中で、このプロジェクトは短期集中型では不可能で、長期にわたって、また、柔軟な取り組みとして続けていくことが大切ではないかと考えるようになりました。

私たちは、物理的な方法でなく、自然の力を信じ、放射能の害だけでなく、農薬や除草剤等で弱った大地を元気な土地にできるようにして実験を重ねています。
そんな思いの志縁をつないでゆきたいと願っています。
もし、御志縁いただけるようでしたら、こちらをご覧ください。


<現地プロジェクトに関わる主な関係者・協力者>(敬称略・順不同)
 佐藤喜一(けるぷ農場)、小林麻里、鈴木勲(株式会社ら・さんたランド)、
 渡辺仁子(蓮笑庵)
 戸上昭司、根本鎮郎、有田幸司、 平井孝志(微生物的環境技術研究所)
 地球の笑顔プロジェクト・経営品格塾・地域資源バンク研究会

すべてのいのちが全うする未来へ
~マニフェストに代えて~(クリックして下さい)


いのちが粗末に扱われている場所は、そう遠くない傍にあった。
生きる希望を見出せずにいる人は、そう遠くない傍にいた。

自分のいのちを省みずに、他人を助けようとしている人に、出会った。
決して裕福ではないのに、私財を擲(なげう)って他人のいのちを守ろうとしている人に、出会った。

私にも、他のいのちを助ける力があると、信じたかった。
私にも、他のいのちを守る力があると、信じたかった。
しかし、いつでもすぐに、助けに応じられるわけではなかった。
どんなことにでも、自分が役に立つわけではなかった。

それでも、今、この一瞬間に、
どこかで誰かのいのちが危険に晒されていることは仕方がないことだ、
と思って、時をいたずらに過ごすことは、私にはできそうになかった。

何ができるかは、今すぐには分からない。
役に立つことができるのかは、もっと分からない。
けれども、今まで出会った人たちとは、それぞれの現場で一緒に考え、共に行動してきた。
それぞれの場所にある想念に寄り添い、いのちが生かし合える地域を目指してきた。
それぞれの人の純粋な想いに寄り添い、生きる希望をお互いに見出してきた。

今日も私は、今の私にできることをやろうと思う。
その場所に行き、その人に会い、現場で一緒になって考え、行動すること、
それしかできることは思いつかない。

すべてのいのちが全うする未来へ向けて、ただただ、それを続けていきたいと思う。

地球の笑顔プロジェクト
うつくしま福島復幸プロジェクト
戸上 昭司

~名古屋と福島をつなぐ想い~

放射能でも奪われない大切なもの

2011年5月29日 戸上昭司

※これは、震災後最初に福島に行った時に書いたものです。
 福島県飯舘村は人口6,000人余りの村です。日本の中山間地域のご多分に漏れず、過疎に悩んできた村でもあります。美しい自然に囲まれたこの村は、7年前に「スローライフ」を村の基本方針として提唱していました。最初は村人から理解されなかったといいます。「もう道路をつくるな、ということか!」「一所懸命に働くな、というのはどういうことだ!」反対の言葉が次々に上がったものの、村人たちは熱心に語り合いました。
そんなとき、村人からある<言葉>が出ました。「それは『までい』ってことか?」
それを聞いた瞬間、みんな納得したそうです。「食い物は『までい』に食えよ」「子どもは『までい』に育てろよ」「仕事は『までい』にしろよ」。子どもからお年寄りまで、みんなが使っている言葉でした。。『までい』とは、「心を込めて、丁寧に」という意味です。
結果、『までい』な村づくりは、Iターン者を呼び込み、一時期は出生率が2.0を超える(全国平均1.39)、現在の日本では奇跡とも呼べる地域になりました。自然資源が豊富であり、人口も維持された、心豊かで理想的な「持続可能な地域」に、この村はなりつつありました。

 『までい』が提唱された7年前、ある一人の女性が名古屋から飯舘村に嫁ぎました。家を田畑と里山に囲まれた、日本の原風景そのままの中での暮らしに、彼女は幸福感いっぱいだったことでしょう。しかし、結婚して3年、最愛の夫を若くして亡くしてしまいます。末期癌だった夫の最期を、彼女は家で看取りました。「魂が抜けるのが分かったの。」人のいのちに最期まで寄り添った彼女は、夫と過ごした自然の中で、何度も大声で泣いたのだそうです。彼女を癒したのは、森であり、鳥たちの鳴き声であり、清らかな水でした。そこにある自然全部が、彼女を癒しました。
「ここは夫を見送った『天国』だからね。ここを離れるなんてできない。」 彼女は、友人の力を借りながら、里山での暮らしを続けることにしました。

 私は、彼女が名古屋を発つ直前に、彼女の名古屋での仕事を引き継ぎました。編集の仕事です。当時ルポルタージュを書くことに憧れていた私は、彼女からインタビューの仕方や編集の仕方を学びました。
 今年の5月15日、数年ぶりに彼女と電話で話す機会がありました。飯舘村が大変なことになっていることは、テレビでもちろん知っていました。震災以降、心の片隅では心配をしていましたが、てっきり名古屋に帰ってきているものだと思っていたのです。しかし電話の向こうは福島でした。元気そうに農地や里山がどうなっているか話してくれたのですが、大変だろうということは想像に難くありません。この先どうしていいか分からない様子も、言葉の裏になんとなく感じました。私もどうしていいか分かりませんでした。「とりあえず現地、見にいきます。5月27日から3日間なら行けそうですから。」その時できたギリギリの選択でした。

 初めて訪れた飯舘村は、想像以上に豊かな自然でした。しかし……。「もうすぐ山菜が採れるのに、食べられないなんてね。」と彼女はふと呟きました。
 近隣の友人達も、散り散りになったそうです。それだけじゃなく、家族の中でも避難するかしないかで意見が分かれ、亀裂が走る家庭も多いという話でした。
「問題は汚染や数値じゃないのよね。心が壊れていくことなの。人のつながりが壊れていくことなの。」
 政府の言うとおり、確かにすぐには健康に影響が出ないかもしれません。しかし、すぐに影響が出たのは、心であり、コミュニティだったのです。
 飯舘村は、スローライフを提唱し、経済発展に頼らないくらしへ舵を切っていました。そのくらしは、皮肉にも経済発展に欠かせないと思われているものによって、壊されてしまいました。

 福島では、公には頻繁に〈安心〉が叫ばれています。しかし、大学から借りて持っていった線量計は、異常な値を示し続けているのが現実です。
 今、福島の市街地では、放射能の除去や防護に関して、市民が手弁当で集まり、自主的に勉強を開始し、測定器を購入し、自衛策を講じることを試みていました。農山村でも、けるぷ農場のように、安心して食べられる作物を再びつくるために、努力を惜しまない農家がいました。
 放射能により、住むところを無くした人、仕事を無くした人、心を無くした人、つながりを無くした人がいます。いのちを無くした人も、残念ながらいます。放射能は、大切なものをたくさん奪っていきました。でも、福島に残ると決めた人の中には、放射能でも奪うことのできなかった大切な何かがあるような気がします。それが何かを適切に言い表すことはできないけれども、おそらく私は、その〈何か〉に引かれて、これから何度も、福島へ足を運ぶのでしょう。

う・ふ・ふプロジェクト

福島が福の島となる日を
願って活動しています





















*バイオディーゼルの山田周生さん
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*被災地のローソクになろう
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*生きていく場を考えよう
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までいな村の過ぎし日のひとこま